インスタントミュージック
ちょっと前にandymoriのすごい速さがTikTokだとかでバズってるって聞いてちょっと嫌だなって思ってた。
自分をはじめそれほど多くない人達が好きなものが急に流行り始めるとなんだかなーってのはよく聞く話だけど、僕もそういう気持ちがあるのと、ほんとに好きだったものが消費の一環としてタイパ重視だのZ世代だの、僕にとってはよく馴染みのない人達に消耗されている気がして全然良い気分じゃなかった。
ロックフェスはみんなで乾杯をする場所になってるらしいんだけど、僕にとってロックは孤独であり迎合するもんじゃないって思ってて、フェスで友達ができるとかどういうことかわからなくて、リア充たちの遊びツールなんだろうなって、僕らみたいな音楽好きの行くところじゃないって重々承知してるから行きたいなんて思わないけど、そういう場に行く人のことを否定するつもりもないし、できれば僕だってそっち側の人間になれた方が楽しいんだろうなって思う。
ピロウズはそういうことを20年以上前に歌ってくれていて、僕の気持ちを救ってくれていたんだなって思う。ここ数年はあんまり聴いてなかったけど、人生で初めて行ったのはビッグキャットのピロウズのライブで、仙台でもライブ行ったし、ああ終わってしまったんだなって悲しい。
拾い損ねた優しさが
餅まきだっけ餅投げだっけ、それって全国的な行事なんかな、西の方だけなんかな、よくわかんないけど、小学生の頃にたぶん地域のお祭りと友達んちの棟上げで行った気がする、僕は背がちっちゃかったので全然取れなくて、でももう小学校高学年だったから、当然誰も気をつかってくれるわけでもなく、別に誰かに気をつかってもらいたかったわけでもないと自分の30年前の性格を信じてるけど、全然なにも取れなくって帰ってきてなんだかなー、たぶん当時は悲しいというかなんというかオトナのことを卑しいとまでは言わないけどそんな気持ちだったかもしれないし、なんだかちょっとなーって感じを持ってモヤモヤしてた気がするんだけど、いまそんな感じ!!
人生を語らず
前回のニッキを書いた時に珍しくコメントをいただいて、マイナス思考だから読者が減るんだよと言われ、まあそうだよな、ウジウジしてるおじさんのニッキを見てもつまんないだけだし、僕はそのマイナス思考(僕はマイナス思考とは思わずに現実を直視してるつもりなんだけど)をこうやって公開している以上はそれなりにおもしろく書こうと思ってるんだけど、それが伝わんないのは僕の実力がないわけなので、自分の文才をもっと鍛えようと思います。一方で落ち込まないでくださいって優しい言葉をつけてくれた方には感謝します、だいたい僕がこうやってニッキ書いてるのは気分が下がってるときなので!
お花見の時期ですね、お花見の時期って残酷なんですよ、人の人気不人気がすぐわかるので。
最近はどうかわかんないけど、代々木公園で、あっちこっちに顔出さなきゃ的な人いるでしょ、ああ顔広いんだなって思った。僕はそうなりたいのかっていうとあっちこっちに顔出さなきゃって言う人よりかは、みんなに挨拶してもらえるくらいの人になりたいんだけど、そんなに人脈も人気もないわけでそんなことはあるはずはないからそんなことはおいておく。
お花見ってやる時期が限られているから、人気のある人って複数から同じ日程で誘いがあるわけで、僕はそんな複数の人から誘われることがないから、予定の調整とかしたことないんですよ。うらやましいよね。
お花見の誘いの複数はないけど、別の機会でたまにお誘いが重なるときがあるわけですよ、僕はそういうときは先約を優先するんですけど、先約があっても魅力的な方を優先する人もいるんですってね。そりゃかわい子ちゃんがいた方が気持ちもアガるし楽しいのはわかるけど、それって先約の人に失礼な話じゃないですか、でもホモさんの世界ではそれがまかりとおっているような気がして、僕の考えが間違っているのかなって思うんです。
花見の話じゃないけど、たいしくん誘ってよー、っていう人を誘ったら、予定が入るかもしれないって返信がくることがあって、かもしれないってなんやねん、いま僕は確定の予定を入れようとしているのに、それって僕のことをないがしろにしてるってことじゃないですか、彼はそれを自然にやってるから誰もとがめる人がいなかったんだと思うし、彼が魅力的に思う人にはその一面を見せていないわけだし、そりゃ誰もとがめないわな、それをとがめる人は自分が魅力的な人じゃないって認めるわけだもの、それをとがめる人間を卑屈だって言葉で片付ける人たちも嫌だなって思いますが、この僕のニッキを見てみんなはどう思うのかなあ、人気者はそもそもこんなニッキ読んでないだろうけどたまたま目にしてまた僕が卑屈になってると思うのかなあ、別に卑屈扱いされてもいいけど、僕は僕の誠実さと不人気さを貫く!
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ツイッターのフォロワーは273人いるはずなんですがブログを読んでくれている人はとうとう15人になりました。
会社の大人数の飲み会では、どうしてもいつも少人数の方の盛り上げ役的なポジションになってるんですが、盛り上げているかどうかもよくわかりません。
自分の良いところってなんだろうなって思うんですが、答えってみんなどうやって見つけてるんだろ、みんな持ってるのかな。それとも諦めてるのかな。
僕の良いところは、他の人よりもほんの少しばかり文章が上手に書けるところなのかもなって思ってたけど、みずみずしい感性もどこかにいってしまって、もう読んでくれる人も少なくなっちゃって、ちょっとだけあった自信というか自分の良さももうどんどん無くなってきちゃってるのかなと思っても、どうすればみんな読んでくれるのか、こんなこと書いてること自体ダメなんだけど、もうダメだなって思う。
どんな線を描く?
僕の一生懸命なブログを見てくれている約20人の方々、あけましておめでとうございます。本年もよろしくお願いします。
LINEの返信よりもSNSの投稿の方が楽だし、SNSを投稿してるのにLINE返信しないことを咎める方がおかしいと最近の人達は考えてるみたいだから、ああそんなもんなのかなと思ってたんですけど、それっておかしいよ、それはたいしくんのこと蔑ろにしてるってことだよ、と言われて、ああ令和になっても大切なことは変わってなかったんだなってちょっとうれしかった。
いろんな人からのいいねよりも、好きな人からの連絡の方がずっとうれしいのになって思って気づいた、僕はその人の好きな人になれてなくて、ただのクソリプおじさんだったんだなって。蔑ろにされているんじゃなくてなんとも思われていない、むしろめんどくさいやつと思われてたのかもと思うと、自分の空回り具合に情けなくなる。
また今度もダメかもなって、次に移る準備をしている。それは移り気だからなんかじゃなくて真剣さだからこそだって思ってる。もうあんまり時間が無いって焦ってる。新潟で買ってきたお土産、喜んでくれるといいな。
ショートホープ
幼稚園のときの僕の夢はコックさんになることで、いつの間にかその夢が学校の先生になることで、大学進学もそれを夢見て教員になれるような学校に進学した。
中学校の教員免許を取るためには介護施設での実習と、あとなんかの実習(たぶん明確な定義があったはず)をやる必要があって、後者の実習の中で、僕はフリースクールでの最低5日間の実習を選んだ。ちなみにすぼらな性格のせいで介護施設での実習を申し込まなかったせいで、中学の教員免許は取れなかった、他の単位は全部取ったんだけど。
んでこのフリースクールでの実習がハマった。5日間どころか相当通った。楽しかった。子どもたちに受け入れてもらえるのがうれしかった。
でも途中でやめちゃった。たぶん僕がここでやっていける自信がなかったからだと思う。
僕は学校の先生になりたかった。自分の小さい頃の記憶を振り返ると、その当時からすると悪い意味で変わった子、周りから浮く子だった。家庭訪問で来た先生から「たいしくんはかしこすぎて周りから浮いてます」と言われていたのを狭い実家で聞こえてきたのを今でもおぼえているし、そのときはどういう意味かよくわからなかったけど、何年か経ってから反芻のごとく今でも思い出す。確かに僕は浮いていた。
そんな浮いていた僕が周りに馴染めずに困っているときに救ってくれた学校の先生たちが少なからずいた。そういう先生になりたいなと思って、学校の先生を目指そうと思って大学に進学した。
大学に進学して、ここだいぶ端折るけど、塾の先生になって、他の先生(笑)から生徒を巻き込んで嫌がらせを受けた。結局、先生って人気取りなんだなって思った。周りの色に馴染めない子どもたちを救おうと思っても、僕は多数派には勝てない、無力な人間なんだなと思うと、僕はしんどい思いをする子どもたちに何も教えられないなと思った。だって多数派に入れた方が人生楽しいんだし、そうできる術を持っていなかった、自分らしくなんてきれいごとが通用するわけないよなって思った。
というわけで僕は夢見ていた学校の先生になっても自分がしんどい思いをするわけだし、僕が教えた生徒たちが幸せになるかというとそうなるわけでもないと思ったし、そうなる自信もなくなったので、わりとあっさり教師になろうとは思わなくなった。そして僕はなにになりたいわけでもなく、ただ進学したからには教員免許を取るという理由があったのでそのために単位は取る。そこは貫く。どういうつもりで就職活動をしたのかはもう昔のことだから覚えてないよね!
んで、単位取らなきゃだからなんかの実習のためにフリースクールに行った。んでこれがハマった。楽しかった。5日間どころか相当通った。たぶんそこの市の教員の人から、ここでもっと続けてくれないかっていう話があった。なのに断っちゃった。僕には就職活動があった。だって僕は人の人生背負えないんだもん。そんな自信はなかったから逃げた。
僕がフリースクールに通い始めてから少し経ってから入ってきた子がいた。なぜか僕のことを慕ってくれていた気がする。ちょっと潔癖なところがあって、なにか触るときにビニールの手袋をしなくちゃだめな子だったんだけど、なにかのきっかけで外してみよっかなって言ったときはすごくうれしかった。なにかのきっかけに僕が少しでも関与できたのであれば良かったなって思う。
ふと彼のことを思い出して名前を調べてみたら、もう彼も30代半ば、不登校の人たちを支援する立場になっていた。かわいらしい顔つきが成長して大人の顔つきになっていて、でも彼の中でもまだ過去の苦しみが残っているみたいだった。彼の書いている文章を読んだら、多感な時期にもっと大人と話をしたかった、と書いてあった。彼よりも少し大人だったはずの僕が、僕のことをたぶん慕ってくれていた彼にもっと話をしていればよかったのかな、逃げ出したハタチの僕にもっとできることがあったのかな、そのときから2倍年老いた自分に問いかけたってなにもわかりゃしないし、成長した彼に連絡する勇気もなく、ああやっぱり僕は教師にならなくて良かったし、なるべき人間じゃなかったなって思う。
そっちの世界はいったいどんなんだい?
四国から関東に転勤になった同期と、東京にいる同期とプチ歓迎会をしてきた。
いつもの悪ノリで片っ端から同期に電話し始める。オーストラリアにいてもう夜中なのに出てくれたり、普段は電話する用事もない部署のやつが何事かと思って出てくれたり、入社した頃は相性悪かったのに今じゃなんかあったらやりとりしたりするやつとか、10人くらいかいない同期の何人かに無理やり電話かけて楽しかった。
僕が入社以来仲の良かった子、院卒だったから2つ年上だから、仲の良い連中からは兄さんって呼んでて、ほんとはそいつと話したいんだけど、そいつはもういないから、どんだけ願ったって話ができないし、なんで死んじゃったのかもよくわかんないし、奥さんとも一緒に旅行したし家に遊びにも行ったし、僕が転勤で関東離れてるときに子どもができて子煩悩だったし、同期会やるよーっていうときに僕がちょっと強引に誘ったときも誘ってくれてうれしかったって言ってくれたし、なんで兄さん奥さんも子どももいるのに死んじゃったのかわかんないし、あんたあともうちょっと生きてりゃ同じフロアであんたのこともっと見てられたし、僕はあのときなにかできたのか、なにかできなかったのかってずっと思ってるし、あのときなにもできなったまわりのやつらのことを知ってるから、僕はいまさらだけどなにかできないのかなってずっと思ってる。